集合論の言葉による実数の構成

前回は集合論の言葉で有理数を構成した。今回はそれを利用して実数を構成する。まず、デデキント切断という手法で実数とその演算と大小を定義する。その後、それらが『実数』と呼ばれる数が持っていてほしい性質をひととおり持っていることを確かめる。

はじめに

この記事は本記事シリーズを追っている読者だけでなく、有理数集合から実数を構成する厳密な論理を知りたい者にも役立つように書く。そのため、ラフに学ぶとしているシリーズ内の他の記事と比べて命題や定理の証明が多めになっているが、余力があれば証明も追ってみたり自力で考えたりしてみても面白いだろう。

また、前回の記事の読者向けに断っておくと、この記事では特に記載がある場合を除いて、単に 1, 2 と書かれているときは有理数 $\frac{1}{1}$, $\frac{2}{1}$ を簡略表記したものとし、$+$, $\cdot$ で有理数の加法と乗法か実数の加法と乗法を表すものとする。こうすると、この記事の中で整合性が取れるはずである。

デデキント切断

有理数を元に実数を構成する方法としては、有理数のデデキント切断を実数と見なす方法と、コーシー列の同値類を実数と見なす方法がある。後者は極限に関する操作が必要なぶんだけ説明することが多くなるので、ここでは前者の方法で実数を構成する。

定義$\boldsymbol{\rm Q}$ の 部分集合 $A$ について

  • $A\neq\emptyset$, $A\neq\boldsymbol{\rm Q}$
  • $\boldsymbol{\rm Q}\setminus A$ に属する有理数は $A$ に属するどの有理数よりも小さい
  • $A$ は最小元を持たない
のすべてが成立するとき、$A$ はデデキント切断である。

通常は順序対 $\langle \boldsymbol{\rm Q}\setminus A,\;A\rangle$ のことをデデキント切断ということが多いが、ここでは後の議論を簡素にするために上のように定義する。また、三つ目の条件は「$\boldsymbol{\rm Q}\setminus A$ は最大限を持たない」とする場合もあり、その場合はそれに応じて演算などの定義も変えていく必要がある。

$A$ は有理数の一部を取り出したものと考えることができるが、二番目の条件から、有理数を大小順に一直線に並べてそれを両断したものと考えることもできる。デデキント切断を1つ指定するとこの切断面の位置が1つ定まるので、この位置に該当する実数をそのデデキント切断で表現しようという発想である。

ここで注意を述べておくと、$A$ は最小限を持たないとあるが、だからといって $\boldsymbol{\rm Q}\setminus A$ が最大限を持つとは限らないという点である。このような切断の仕方で $A$ に最小元が無ければ $\boldsymbol{\rm Q}\setminus A$ に必ず最大限があるというのはこれから作ろうとしている実数特有の性質であり、有理数にはそのような性質はない。たとえば\begin{eqnarray}A&=&\{a\in\boldsymbol{\rm Q}\mid 0\lt a \text{ かつ } 2\lt aa\}\end{eqnarray}とすると $A$ はデデキント切断となるが $\boldsymbol{\rm Q}\setminus A$ は最大限を持たない。

デデキント切断がもつ重要な性質を述べておく。ここで確認した性質は、この記事を通じて証明のあちこちで利用される。

補題$A$ をデデキント切断とし、$q$ を有理数とし、$a\in A$, $a'\in\boldsymbol{\rm Q}\setminus A$ とする。このとき

  1. $a\lt q$ であれば $q\in A$ であり、
  2. $q\lt a'$ であれば $q\in \boldsymbol{\rm Q}\setminus A$ である。

(証明) まず 1 から背理法で示す。$a\in A$, $a\lt q$ であるとする。もしここで $q\not\in A$ とすると $q\in\boldsymbol{\rm Q}\setminus A$ ということになるが、このとき $A$ に属する $a$ が $\boldsymbol{\rm Q}\setminus A$ に属する $q$ より小さいことになり、有理数の大小関係の反対称性よりデデキント切断の定義に反する。よって $q\in A$。

次に 2 を背理法で示す。$a'\in \boldsymbol{\rm Q}\setminus A$, $q\lt a'$ であるとする。もしここで $q\not\in\boldsymbol{\rm Q}\setminus A$ とすると $q\in A$ ということになるが、このとき $A$ に属する $q$ が $\boldsymbol{\rm Q}\setminus A$ に属する $a'$ より小さいことになり、有理数の大小関係の反対称性よりデデキント切断の定義に反する。よって $q\in\boldsymbol{\rm Q}\setminus A$。

補題$A$ をデデキント切断とする。どんな正の有理数 $q$ に対しても、ある $a\in A$, $a'\in\boldsymbol{\rm Q}\setminus A$ が存在して $a-a'\lt q$。

(証明) 数列 $(a_n)_n$ と数列 $(a'_n)_n$ を次のように考える。まず $a\in A$, $a'\in\boldsymbol{\rm Q}$ を満たす $a$, $a'$ は存在するので、それらを使って\[a_0=a,\\ a'_0=a'\]とする。ここで $b=\frac{1}{2}(a_0+a'_0)$ とすると、$b\in A$ か $b\in\boldsymbol{\rm Q}\setminus A$ のいずれか一方のみが成り立つ。ここで、もし $b\in A$ であれば\[a_1=b,\\ a'_1=a'_0\]とし、$b\in\boldsymbol{\rm Q}\setminus A$ であれば\[a_1=a_0,\\a'_1=b\]とする。こうすることで、$a_1-a'_1$ は $a_0-a'_0$ の $\frac{1}{2}$ 倍になる。以降も同様に\begin{eqnarray}a_{n+1} &=& \left\{ \begin{array}{ll} \frac{1}{2}(a_n+a'_n) & \text{(if $\frac{1}{2}(a_n+a'_n) \in A$)} \\ a_n & \text{(otherwise)}\end{array} \right. \\ a'_{n+1} &=& \left\{ \begin{array}{ll} \frac{1}{2}(a_n+a'_n) & \text{(if $\frac{1}{2}(a_n+a'_n) \in \boldsymbol{\rm Q}\setminus A$)} \\ a'_n & \text{(otherwise)}\end{array} \right.\end{eqnarray}と定めることで任意の自然数 $n$ に対して $a_n\in A$, $a'_n\in \boldsymbol{\rm Q}\setminus A$ であり\[a_{n+1}-a'_{n+1} = \frac{1}{2}(a_n-a'_n)\]となる。したがって、\[a_n-a'_n = \left(\frac{1}{2}\right)^n(a_0-a'_0)\]である。ここで正の整数 $h$, $i$, $j$, $k$ について $q=\frac{h}{i}$, $a_0-a'_0=\frac{j}{k}$ とすると、\[\left(\frac{1}{2}\right)^{ij}(a_0-a'_0) \lt q\]であるので、$a_{ij}$ と $a'_{ij}$ が要求されている $a$ と $a'$ である。

補題$\boldsymbol{\rm Q}^+$ の真部分集合 $A$ をデデキント切断とする。1を超えるどんな有理数 $q$ に対しても、ある $a\in A$, $a'\in\boldsymbol{\rm Q}^+\setminus A$ が存在して $aa'^{-1}\lt q$。

実数の定義

簡単に言えばデデキント切断のことを実数と呼ぶことにする。

定義$\mathfrak{P}(\boldsymbol{\rm Q})$ の部分集合\[\{A \in\mathfrak{P}(\boldsymbol{\rm Q})\mid \text{$A$ はデデキント切断である}\}\]を実数集合と呼び $\boldsymbol{\rm R}$ と書く。実数集合に属するモノを実数とよぶ。

要するにデデキント切断のことを実数とよび、実数だけがすべて属する集合が実数集合 $\boldsymbol{\rm R}$ である。

実数の大小関係の定義

これまで整数や有理数の定義では加法や乗法を先に定義していたが、今回は大小関係を先に定義する。そのほうが、乗法の定義が楽になるからである。

定義$\boldsymbol{\rm R}$ 上の二項関係 $T$ を\[\left\{ \langle A,B\rangle \;\middle|\; B\subset A\right\}\]と定める。この二項関係を実数の大小関係と呼び、$ATB$ を $A\leq B$ と書く。また、$A\leq B$ かつ $A\neq B$ であることを $A\lt B$ と書く。

この定義により、$A\leq B$ は $B\subset A$ ということになる。

『大小関係』と呼ぶからには、有理数のそれと同様に全順序関係であることを期待している。そこで、実際に全順序関係になっていることを確かめる。

命題実数の大小関係は全順序関係である。

(証明) 全順序関係の定義に則って証明する。まず $A\leq A$ を示す。外延性の公理より $A=A$ であり、このとき包含関係の定義より $A\subset A$ である。よって $A\leq A$。

次に $A\leq B$, $B\leq C$ を仮定して $A\leq C$ を導く。仮定より $B\subset A$, $C\subset B$。このとき包含関係の推移性より $C\subset A$ であるから $A\leq C$。

次に $A\leq B$, $B\leq A$ を仮定して $A=B$ を導く。仮定より $B\subset A$, $A\subset B$。このとき、包含関係の反対称性より $A=B$。

最後に $A\leq B$ か $B\leq A$ の少なくとも一方が成立することを、背理法で示す。いずれも成立しないと仮定すると、ある有理数 $a$, $b$ が存在して $a\in A$, $a\not\in B$, $b\not\in A$, $b\in B$。このとき $a\in \boldsymbol{Q}\setminus B$, $b\in \boldsymbol{Q}\setminus A$。有理数の大小関係の全順序性より $a\leq b$ か $b\leq a$ のいずれかが成立するが、$a\leq b$ のとき $a\in A$, $b\in \boldsymbol{Q}\setminus A$ より $A$ がデデキント切断であることに矛盾し、$b\leq a$ のとき $b\in B$, $a\in \boldsymbol{Q}\setminus B$ より $B$ がデデキント切断であることに矛盾する。いずれにしても矛盾するので仮定が誤りである。

実数の大小関係の性質

演算を定義する前に、実数の大小関係そのものが持っている性質に触れておく。まず、上でも述べたように実数の大小関係は全順序関係だから、あらゆる全順序関係と同様に、$\boldsymbol{\rm R}$ の部分集合 $X$ の『最小元』『下限』『下界』などを考えることができる。

また、ここからが重要なのだが、実数の大小関係は有理数の大小関係とは異なり、完備性を有している。実数の完備性はさまざまな命題で表現されるが、そのうちの1つでも満たせば、実数の完備性を表現する他の命題も満たされ、そのどれもが重要な性質である。そのため、完備性を表現する命題のうちの一つは証明しておきたい。そこで、以下では実数の完備性を表現する命題の1つである下限性質を満たしていることを示す。

定理$X$ を $\boldsymbol{\rm R}$ の空でない部分集合とする。このとき、$X$ が下に有界なら $X$ は下限を持つ。

(証明) $\bigcup X$ が下限となることを示す。そのためにまず $\bigcup X$ がデデキント切断であることを示す。

$\bigcup X\neq\emptyset$, $\bigcup X\neq\boldsymbol{\rm Q}$ であることを示す。$X$ は空でないのである実数 $x$ が存在して $x\in X$。$x\neq\emptyset$ だからある有理数 $q$ が存在して $q\in X$。このとき $q\in\bigcup X$ だから $\bigcup X\neq\emptyset$。また、$X$ が下に有界であるとき、ある実数 $A$ が存在して、任意の実数 $x\in X$ に対して $A\lt x$ でありつまり $x\subset A$, $x\neq A$。このときある有理数 $a\in A$ は任意の $x\in X$ に対して $a\not\in x$ となる。したがって $a\not\in \bigcup x$ だから $\bigcup X \neq \boldsymbol{\rm Q}$。

$q'\in \boldsymbol{Q}\setminus\bigcup X$, $q \in \bigcup X$ であれば $q'\lt q$ であることを示す。$q\in \bigcup X$ より、ある実数 $x\in X$ が $q\in x$ を満たす。一方で $q'\in \boldsymbol{Q}\setminus\bigcup X$ より $q'\not\in x$ であり、よって $q'\in\boldsymbol{Q}\setminus x$。$x$ はデデキント切断であるから $q'\lt q$。

$\bigcup X$ が最小元を持たないことを背理法で示す。$m\in \bigcup X$ を最小元とすると、任意の $q\in\bigcup X$ に対して $m\leq q$ であるので、$m\in X$ を満たす実数 $x\in X$ についても、任意の $q\in x$ に対して $m\leq q$ である。つまり $m$ は $x$ の最小元ということになるが、これは $x$ がデデキント切断であることに矛盾する。よって $\bigcup X$ は最小限を持たない。

以上より、$\bigcup X$ が実数であることが分かったので、これが $X$ の下限となることを示す。任意の $x\in X$ について $x\subset \bigcup X$ であるから、任意の $x\in X$ について $\bigcup X \leq x$。つまり $\bigcup X$ は $X$ の下界に含まれる。あとは $\bigcup X$ が $X$ の下界の最大元であることを確かめればよい。実数 $A$ が $X$ の下界に属するとすると、任意の実数 $x\in X$ に対して $A\leq x$ であるから、任意の $x\in X$ に対して $x\subset A$。したがって $\bigcup X \subset A$ であるので $A\leq \bigcup X$。よって $\bigcup X$ は $X$ の下界の最大元である。

実数の加法の定義

次に加法を定義する。

定義$\boldsymbol{\rm R}$ 上の二項演算 $f$ を\[f(A, B)=\{a+b\in\boldsymbol{\rm Q} \mid a\in A,\;b\in B\} \]と定める。この演算を実数の加法と呼び、演算子 $+$ を用いて表す。

この定義からは足し算の結果が必ずデデキント切断になっている (実数になっている) ことが自明ではないだろう。そこで、この加法の結果がかならず実数になることを確かめておく。

命題$A$, $B$ が実数なら $A+B$ も実数である。

(証明) 上述の定義において $A+B$ がデデキント切断となることを、デデキント切断の定義に則って確かめる。有理数の部分集合 $C$ を\begin{eqnarray}C&=&\{a+b\in\boldsymbol{\rm Q} \mid a\in A,\;b\in B\} \end{eqnarray}とすると、$A+B=C$ であるので、これがデデキント切断であることを確かめる。

まず $C\neq\emptyset$, $C\neq\boldsymbol{\rm Q}$ を示す。$A\neq \emptyset$, $B\neq \emptyset$ であるからある有理数 $a$, $b$ が存在して $a\in A$, $b\in B$。このとき $a+b\in C$ であるので $C\neq\emptyset$。また、$A\neq \boldsymbol{\rm Q}$, $B\neq \boldsymbol{\rm Q}$ であるからある有理数 $d$, $e$ が存在して $d\in \boldsymbol{\rm Q}\setminus A$, $e\in\boldsymbol{\rm Q}\setminus B$。$d+e\in C$ とするとある $a'\in A$, $b'\in B$ に対して $d+e=a'+b'$ となるが、これは $d\lt a'$, $e\lt b'$ に矛盾するので $d+e\not\in C$ であり、したがって $C\neq\boldsymbol{\rm Q}$。

次に任意の $c\in C$, $f\in \boldsymbol{\rm Q}\setminus C$ について $f\lt c$ であることを背理法で示す。もし $f\lt c$ ではないとすると、有理数の大小関係の全順序性より $c\leq f$。このとき、ある有理数 $a$, $b$ が存在して $a\in A$, $b\in B$, $a+b\leq f$ であるので $a\leq (-b)+f$。したがって補題より $(-b)+f\in A$。これと $b\in B$ と $C$ の定義 より $f=((-b)+f)+b\in C$ となり、$f\in \boldsymbol{\rm Q}\setminus C$ と矛盾する。したがって $f\lt c$。

最後に $C$ が最小元を持たないことを背理法で示す。$C$ の最小元を $c$ とすると、ある有理数 $a\in A$, $b\in B$ が存在して $c=a+b$。ここで、$a$ は $A$ の最小元ではないので $a'\lt a$ を満たす $a'\in A$ が存在し、同様に $b'\lt b$ を満たす $b'\in B$ も存在する。このとき $C$ の定義より $a'+b'\in C$ であるが $a'+b'\lt c$ であり $c$ が $C$ の最小元であることに矛盾する。したがって $C$ は最小限を持たない。

実数の加法と大小関係の性質

乗法を定義する前に、加法の性質について述べておく。これらの一部は乗法を定義する際に必要となるからである。

命題実数の加法は結合的である。つまり任意の実数 $A$, $B$, $C$ に対して\[(A+B)+C=A+(B+C).\]

(証明) まず $(A+B)+C \subset A+(B+C)$ を示す。$q\in(A+B)+C$ とするとある有理数 $d\in A+B$, $c\in C$ が存在して $q=d+c$。さらにある有理数 $a\in A$, $b\in B$ が存在して $d=a+b$ であるから $q=(a+b)+c$。有理数の加法の結合性より $q=a+(b+c)$ とわかり $b\in B$, $c\in C$ より $b+c\in B+C$ であり、さらに $a\in A$ であるから $q\in A+(B+C)$。

$A+(B+C)\subset (A+B)+C$ も同様に示せるので、$(A+B)+C=A+(B+C)$。

命題実数の加法は可換である。つまり任意の実数 $A$, $B$ に対して\[A+B=B+A.\]

(証明) まず $A+B\subset B+A$ を示す。$q\in A+B$ とするとある有理数 $a\in A$, $b\in B$ が存在して $q=a+b$ である。有理数の加法の可換性より $q=b+a$ とわかり $b\in B$, $a\in A$ であるから $q\in B+A$。

$B+A\subset A+B$ も同様に示せるので、$A+B=B+A$。

定理正の有理数の集合 $\boldsymbol{\rm Q}^+$ はデデキント切断であり、実数の加法の単位元である。つまり任意の実数 $A$ に対して\[A+\boldsymbol{\rm Q}^+=\boldsymbol{\rm Q}^++A=A.\]

(証明) まず $\boldsymbol{\rm Q}^+$ がデデキント切断であることを示す。$1\in \boldsymbol{\rm Q}^+$, $-1\in \boldsymbol{\rm Q}\setminus\boldsymbol{\rm Q}^+$ より $\boldsymbol{\rm Q}^+\neq\emptyset$, $\boldsymbol{\rm Q}^+\neq \boldsymbol{\rm Q}$。

$q\in \boldsymbol{\rm Q}^+$, $q'\in\boldsymbol{\rm Q}\setminus\boldsymbol{\rm Q}^+$ とすると、有理数の正負の分類より、$0\lt q$, $q'\leq 0$。したがって有理数の大小関係の推移性より $q'\lt q$。

$\boldsymbol{\rm Q}^+$ に最小元がないことを背理法で示す。$q$ が $\boldsymbol{\rm Q}^+$ の最小元とすると、有理数の稠密性より $0\lt q'\lt q$ を満たす有理数 $q'$ が存在する。$0\lt q'$ より $q'\in\boldsymbol{\rm Q}^+$ であるが $q'\lt q$ であるので $q$ が最小元であることに矛盾する。したがって $\boldsymbol{\rm Q}^+$ に最小元は存在しない。

以上より $\boldsymbol{\rm Q}^+$ はデデキント切断であることが示せたので、$\boldsymbol{\rm Q}^+$ が加法の単位元であることを示す。まず $A\subset A+\boldsymbol{\rm Q}^+$ と $A\subset \boldsymbol{\rm Q}^++A$ を示す。$a\in A$ とすると、$a$ は $A$ の最小元ではないので $a'\lt a$ を満たす $a'\in A$ が存在する。このとき $0\lt a-a'$ であるから $a-a'\in\boldsymbol{\rm Q}^+$ であり、これと $a'\in A$ より $a=a'+(a-a')\in A+\boldsymbol{\rm Q}^+$, $a=(a-a')+a'\in \boldsymbol{\rm Q}^++A$。

$A+\boldsymbol{\rm Q}^+ \subset A$ を示す。$b\in A+\boldsymbol{\rm Q}^+$ とすると、ある $a\in A$ と $q\in\boldsymbol{\rm Q}^+$ が存在して $b=a+q$。このとき $0\lt q$ より $a\lt b$ であるので、$a\in A$ と補題より $b\in A$。

$\boldsymbol{\rm Q}^++A \subset A$ も同様に示せる。

以上より $\boldsymbol{\rm Q}^+$ は実数であり、その中でも零にあたる加法の単位元である。そして、ここでは証明しないが、群論の初等的な帰結としてこの加法についての単位元はただ一つしかないことがわかる。この特別な実数のことをしばらくの間 $O$ と書くことにする。つまり、この記事においては\[O=\boldsymbol{\rm Q}^+=\{a\in \boldsymbol{\rm Q}\mid 0\lt a\}\]である。

定理任意の実数 $A$ に対してある実数 $B$ が存在して\[A+B=B+A=O.\]

(証明) \[B=\{q+(-a') \mid a'\in \boldsymbol{Q}\setminus A,\;q\in O\}\]とすると、$A+B=B+A=O$ となる。このことを確かめる。

まず $B$ がデデキント切断であることを確かめる。$\boldsymbol{Q}\setminus A\neq\emptyset$, $O\neq \emptyset$ より $B\neq\emptyset$。また任意の $b\in B$ に対して $a'\not\in A$, $q\in O$ が存在して $b=q+(-a')$, $0\lt q$。さらに $A\neq\emptyset$ より $a\in A$ が存在して $a'\lt a$。したがって $-a\lt -a'$ であるから $q+(-a)\lt b$。以上より $q+(-a)$ は $B$ に属さないから $B\neq\boldsymbol{Q}$。

任意の $c\in\boldsymbol{Q}\setminus B$, $b\in B$ に対して $c\lt b$ であることを背理法で示す。$b\in B$ より有理数 $a'\not\in A$, $q\in O$ が存在して $b=q+(-a')$。ここで $c\lt b$ でないと仮定すると有理数の大小関係の全順序性より $b\leq c$ であるから $q+(-a')\leq c$ であり、つまり $q+(-c)\leq a'$ であるので補題より $q+(-c)\not\in A$。したがって $B$ の定義より $c=q+(-(q+(-c)))\in B$ となり矛盾するので $c\lt b$。

$B$ が最小元を持たないことを背理法で示す。$b$ が $B$ の最小元とすると有理数 $a'\not\in A$, $q\in O$ が存在して $b=q+(-a')$。ここで $q$ は $O$ の最小元ではないので $q'\in O$ が存在して $q'\lt q$。このとき $B$ の定義より $q'+(-a')\in B$ であるが $q'+(-a')\lt b$ であるので $b$ が $B$ の最小元であることに矛盾する。したがって $B$ は最小元を持たない。

以上より $B$ が実数であることが確かめられたので、$A+B=B+A=O$ を示す。まず $O\subset A+B$ を示す。$q\in O$ とすると $0\lt \frac{1}{2}q$ だから補題より $a\in A$, $a'\not\in A$ が存在して $a+(-a')\lt \frac{1}{2}q$。このとき $a\lt\frac{1}{2}q+a'$ だから補題より $\frac{1}{2}q+a' \in A$。また $B$ の定義より $\frac{1}{2}q +(-a')\in B$。したがって実数の加法の定義より $q=(\frac{1}{2}q+a')+(\frac{1}{2}q +(-a'))\in A+B$。

次に $A+B\subset O$ を示す。$c\in A+B$ とすると実数の加法の定義より $a\in A$, $b\in B$ が存在して $c=a+b$。さらに $B$ の定義より $a'\not\in A$, $q\in O$ が存在して $b=q+(-a')$。したがって $c=q+a+(-a')$ であるが $0\lt q$, $a'\lt a$ より $0\lt c$ となり、したがって $c\in O$。

以上で $A+B=O$ が示された。$B+A=O$ も同様に示すことができる。

加法の逆元の存在が示された。ここでは証明はしないが、群論の初等的な帰結として、実数 $A$ のこの加法についての逆元はただ一つであることがわかる。そこで、有理数のときと同様に、$A$ の加法における唯一の逆元を $-A$ と書くと定める。また、加法の逆元の一意性から $-A$ の逆元 $-(-A)$ は $A$ に等しいこともわかる。

先ほど、加法の単位元が判明したので、整数や有理数のときと同様に、正の数と負の数を定義することができる。

定義$\boldsymbol{\rm R}$ の部分集合\[\boldsymbol{\rm R}^+=\left\{x\in\boldsymbol{\rm R} \;\middle|\; O \lt x\right\}\]に属する実数はであり、$\boldsymbol{\rm R}$ の部分集合\[\boldsymbol{\rm R}^-=\left\{x\in\boldsymbol{\rm R} \;\middle|\; x\lt O\right\}\]に属する実数はである。

ここで、加法と大小関係に関する重要な性質を確認しておく。

定理任意の実数 $A$, $B$, $C$ に対して、$A\leq B$ ならば $A+C\leq B+C$。

(証明) $q\in B+C$ とするとある有理数 $b\in B$, $c\in C$ が存在して $q=b+c$ である。ここで $A\leq B$ より $B\subset A$ であるから $b\in A$ であり、したがって $q=b+c\in A+C$。以上より $B+C\subset A+C$ だから $A+C\leq B+C$。

この定理を利用して、乗法を定義するために必要な性質を確認しておく。

命題任意の実数 $A$ に対して、$O\leq A$ ならば $-A\leq O$ であり、$A\leq O$ ならば $O\leq -A$。

(証明) 実数の加法は大小関係を保存するので $O\leq A$ であれば $O+(-A)\leq A+(-A)$。$O$ は加法における単位元で $-A$ は加法における $A$ の逆元だから $-A\leq O$。

同様に $A\leq O$ であれば $O=A+(-A)\leq O+(-A)=-A$。

実数の乗法の定義

続いて、乗法を定義する。ただし、まず正の実数同士の乗法をまず定め、それを用いて実数同士の乗法を定義する。

定義$\boldsymbol{\rm R}^+\cup\{O\}$ 上の二項演算 $f$ を\[f(A, B)=\{a\cdot b\in\boldsymbol{\rm Q} \mid a\in A,\;b\in B\} \]と定める。これを用いて、$\boldsymbol{\rm R}^+$ 上の二項演算 $g$ を\[g(A,B)=\left\{\begin{array}{ll} f(A,B) & \text{if $O\leq A$, $O\leq B$} \\ -f(-A,B) & \text{if $A\lt O$, $O\leq B$} \\ -f(A,-B) & \text{if $O\leq A$, $B\lt O$}\\ f(-A,-B) & \text{if $A\lt O$, $B\lt O$} \end{array}\right.\]と定める。この演算を乗法と呼び、演算子 $\cdot$ で表す。紛らわしくないときは $A\cdot B$ のことを $AB$ と書いてもよいとする。

すでに $A\leq O$ なら $O\leq -A$ になることを確認しているので、上述の $g$ はすべての実数 $A$, $B$ に対して定義されている。ただ、加法のときと同様に演算の結果が実数になっていることは自明ではないので確かめる。

命題$A$, $B$ が実数なら $A\cdot B$ も実数である。

(証明) 上述の定義において $A\cdot B$ がデデキント切断となることを、デデキント切断の定義に則って確かめる。ただし $f$ の演算結果がデデキント切断であれば $g$ の結果もデデキント切断であるので、負でない実数 $A$, $B$ に対して $f(A,B)$ がデデキント切断であることを確かめればよい。有理数の部分集合 $C$ を\begin{eqnarray}C&=&\{a\cdot b\in\boldsymbol{\rm Q} \mid a\in A,\;b\in B\} \end{eqnarray}とすると、$A\cdot B=C$ であるので、これがデデキント切断であることを確かめる。

まず $C\neq\emptyset$, $C\neq\boldsymbol{\rm Q}$ を示す。$A\neq \emptyset$, $B\neq \emptyset$ であるからある有理数 $a$, $b$ が存在して $a\in A$, $b\in B$。このとき $ab\in C$ であるので $C\neq\emptyset$。また、任意の $a\in A$, $b\in B$ に対して $0\leq a$, $0\leq b$ であるから $0\leq ab$ であり、したがって $-1\not\in C$ だから $C\neq\boldsymbol{\rm Q}$。

次に任意の $c\in C$, $f\in \boldsymbol{\rm Q}\setminus C$ について $f\lt c$ であることを背理法で示す。もし $f\lt c$ ではないとすると、有理数の大小関係の全順序性より $c\leq f$。このとき、ある有理数 $a$, $b$ が存在して $a\in A$, $b\in B$, $ab\leq f$ であり $0\leq b^{-1}$ であるので $a\leq b^{-1}f$。したがって補題より $b^{-1}f\in A$。これと $b\in B$ と $C$ の定義より $f=(b^{-1}f)b\in C$ となり、$f\in \boldsymbol{\rm Q}\setminus C$ と矛盾する。したがって $f\lt c$。

最後に $C$ が最小元を持たないことを背理法で示す。$C$ の最小元を $c$ とすると、ある有理数 $a\in A$, $b\in B$ が存在して $c=ab$。ここで、$a$ は $A$ の最小元ではないので $a'\lt a$ を満たす $a'\in A$ が存在し、同様に $b'\lt b$ を満たす $b'\in B$ も存在する。このとき $C$ の定義より $a'b'\in C$ であるが $0\leq a'\lt a$, $0\leq b'\lt b$ より $a'b'\lt c$ であり $c$ が $C$ の最小元であることに矛盾する。したがって $C$ は最小限を持たない。

実数の乗法と大小関係の性質

せっかく乗法を定義したので、その性質も述べていく。ただ、実数の乗法は演算に使われる実数の正負で場合分けをして定義しているため、証明でも場合分けが必要となることが多い。いっぺんに証明するのが難しそうなものについては、ひとまず非負の数の乗法について (つまり定義で使ったところの $f$ について) のみ先に証明し、そのあと負の数も含めた乗法について (つまり定義で使ったところの $g$ について) 証明するとよい。

定理任意の実数 $A$, $B$ に対して、$O\leq A$, $O\leq B$ ならば $O\leq A\cdot B$。

(証明) $c\in A\cdot B$ とする。このとき有理数 $a\in A$, $b\in B$ が存在して $c=ab$ であり $A\subset O$, $B\subset O$ より $0\lt a$, $0\lt b$ である。有理数の乗法は大小関係を保存するので $0\lt ab=c$。したがって $c\in O$。以上より $A\cdot B\subset O$ だから $O\leq A\cdot B$。

命題実数の乗法は結合的である。つまり任意の実数 $A$, $B$, $C$ に対して\[(A\cdot B)\cdot C=A\cdot(B\cdot C).\]

(証明) まず $A$, $B$, $C$ が負でない場合を考える。$(A\cdot B)\cdot C \subset A\cdot(B\cdot C)$ を示す。$q\in(A\cdot B)\cdot C$ とするとある有理数 $d\in A\cdot B$, $c\in C$ が存在して $q=dc$。さらにある有理数 $a\in A$, $b\in B$ が存在して $d=ab$ であるから $q=(ab)c$。有理数の加法の結合性より $q=a(bc)$ とわかり $b\in B$, $c\in C$ より $bc\in B\cdot C$ であり、さらに $a\in A$ であるから $q\in A\cdot(B\cdot C)$。以上より $(A\cdot B)\cdot C \subset A\cdot(B\cdot C)$。

$A\cdot(B\cdot C)\subset (A\cdot B)\cdot C$ も同様に示せる。

次に、$A$ が負で $B$, $C$ が負でない場合を考える。この場合、\[(A\cdot B)\cdot C = (-((-A)\cdot B))\cdot C \]であり、$O\leq -A$, $O\leq B$ より $O\leq (-A)\cdot B$ であり $-((-A)\cdot B)\leq O$ である。したがって\[(-((-A)\cdot B))\cdot C = -((-(-((-A)\cdot B)))\cdot C)\]である。ここで加法の逆元の一意性より $-(-((-A)\cdot B)) = (-A)\cdot B$ であるから\[-((-(-((-A)\cdot B)))\cdot C)= -(((-A)\cdot B)\cdot C)\]である。ここで、負でない $-A$, $B$, $C$ については乗法の結合則をすでに示しているので\[-(((-A)\cdot B)\cdot C) = -((-A)\cdot (B\cdot C))\]である。ここで\[A\cdot (B\cdot C) = -((-A)\cdot (B\cdot C))\] であるので、以上より\[(A\cdot B)\cdot C =A\cdot (B\cdot C). \]

それ以外の場合も同様に、負の数が入った乗法を、正の数の乗法の加法逆元に置き換えていくことで証明できる。

命題実数の乗法は可換である。つまり任意の実数 $A$, $B$ に対して\[A\cdot B=B\cdot A.\]

(証明) まず $A$, $B$ が負でない場合を考える。$A\cdot B\subset B\cdot A$ を示す。$q\in A\cdot B$ とするとある有理数 $a\in A$, $b\in B$ が存在して $q=ab$ である。有理数の加法の可換性より $q=ba$ とわかり $b\in B$, $a\in A$ であるから $q\in B\cdot A$。

$B\cdot A\subset A\cdot B$ も同様に示せるので、$A\cdot B=B\cdot A$。

次に、$A$ が負で $B$ が負でない場合を考える。この場合、\[A\cdot B = -((-A)\cdot B)\]であり、$-A$ ,$B$ は負でないので先に示した負でない実数の乗法の可換性より\[-((-A)\cdot B) = -(B\cdot (-A))\]である。一方で\[B\cdot A = -(B\cdot (-A))\]てあるので、以上より\[A\cdot B=B\cdot A.\]

それ以外の場合も同様に、負の数が入った乗法を、非負の数の乗法の加法逆元に置き換えていくことで証明できる

定理実数の乗法は加法に分配する。つまり任意の実数 $A$, $B$, $C$ に対して\begin{eqnarray}A(B+C) &=& AB+AC \\(A+B)C&=&AC+BC\end{eqnarray}

(証明) 加法と乗法の可換性はそれぞれ示してあるので\[A(B+C) = AB+AC\]さえ示せればよい。まずは $A$, $B$, $C$ が負でない場合について考える。

加法と乗法の定義より $A(B+C)$ の元は、$a\in A$, $b\in B$, $c\in C$ を用いて $a(b+c)$ と表される。有理数の乗法の分配性よりこれは $ab+ac$ に等しいので $AB+AC$ に属する。一方で、$AB+AC$ の元は、$a'\in A$, $b\in B$, $a''\in A$, $c\in C$ を用いて $a'b+a''c$ と表される。有理数の大小関係の全順序性より $a'$ と $a''$ は大小比較できるのでそのうち大きくない方を $a$ とすると $a\in A$, $ab+ac\leq a'b+a''c$。このことと $ab+ac=a(b+c)\in A(B+C)$ であることから補題より $a'b+a''c\in A(B+C)$。以上より $A(B+C) = AB+AC$。

それ以外の場合は、負の数が入った乗法を、非負の数の乗法の加法逆元に置き換えていくことで証明できる

定理正の有理数の集合\[I=\{q\in\boldsymbol{\rm Q} \mid 1\lt q\}\]はデデキント切断であり、実数の乗法の単位元である。つまり任意の実数 $A$ に対して\[A\cdot I=I\cdot A=A.\]

(証明) まず $I$ がデデキント切断であることを示す。$2\in I$, $1\in \boldsymbol{\rm Q}\setminus I$ より $I\neq\emptyset$, $I\neq \boldsymbol{\rm Q}$。

$q\in I$, $q'\in\boldsymbol{\rm Q}\setminus I$ とすると、有理数の大小関係の全順序性より $1\lt q$, $q'\leq 1$。したがって有理数の大小関係の推移性より $q'\lt q$。

$I$ に最小元がないことを背理法で示す。$q$ が $I$ の最小元とすると、有理数の稠密性より $1\lt q'\lt q$ を満たす有理数 $q'$ が存在する。$1\lt q'$ より $q'\in I$ であるが $q'\lt q$ であるので $q$ が最小元であることに矛盾する。したがって $I$ に最小元は存在しない。

以上より $I$ はデデキント切断であることが示せたので、$I$ が乗法の単位元であることを示す。まず $A$ が負でないとして $A\subset A\cdot I$ を示す。$a\in A$ とすると、$a$ は $A$ の最小元ではないので $a'\lt a$ を満たす $a'\in A$ が存在する。このとき $A\subset O$ より $0\lt a'$ であるから $0\lt a'^{-1}$ であり、したがって $1\lt aa'^{-1}$ であるから $aa'^{-1}\in I$ であり、これと $a'\in A$ より $a=a'(aa'^{-1})\in A+I$。

引き続き $A$ が負でないとして $A\cdot I \subset A$ を示す。$b\in A\cdot I$ とすると、ある $a\in A$ と $q\in I$ が存在して $b=aq$。このとき $1\lt q$ より $a=bq^{-1} \lt b$ であるので、$a\in A$ と補題より $b\in A$。

以上より $A$ が負でないなら $A\cdot I = A$。$I\cdot A=A$ も同様に示せる。

次に $A$ が負であるとして $A\cdot I=A$ を示す。この場合\[A\cdot I=-((-A)\cdot I)\]であり $-A$ は負でないので上で示したことから\[-((-A)\cdot I) = -(-A)\]である。加法の逆元の一意性より\[-(-A) = A\]であるから、以上より $A\cdot I=A$。$I\cdot A=A$ も同様に示せる。

以上より\[\{q\in\boldsymbol{\rm Q} \mid 1\lt q\}\]は実数であり、その中でも一にあたる乗法の単位元である。ここでは証明しないが、群論の初等的な帰結としてこの乗法についての単位元はただ一つしかないことがわかる。この特別な実数のことをしばらくの間 $I$ と書くことにする。

定理$O$ でない任意の実数 $A$ に対してある実数 $B$ が存在して\[A\cdot B=B\cdot A=I.\]

(証明) まず $A$ が正である場合について考える。このとき\[B=\{qa'^{-1} \mid a'\in \boldsymbol{Q}^+\setminus A,\;q\in I\}\]とすると、$A\cdot B=B\cdot A=I$ となる。このことを確かめる。

まず $B$ がデデキント切断であることを確かめる。$\boldsymbol{Q}^+\setminus A\neq\emptyset$, $O\neq \emptyset$ より $B\neq\emptyset$。また任意の $b\in B$ に対して $a'\not\in A$, $q\in I$ が存在して $b=qa'^{-1}$, $1\lt q$, $0\lt a'$。このとき $0\lt a'^{-1}$ だから $0\lt qa'^{-1}=b$。つまり $B\subset O$ であるので $\boldsymbol{Q}\not\subset O$ より $B\neq \boldsymbol{Q}$。

任意の $c\in\boldsymbol{Q}\setminus B$, $b\in B$ に対して $c\lt b$ であることを背理法で示す。$b\in B$ より有理数 $a'\not\in A$, $q\in I$ が存在して $b=qa'^{-1}$, $0\lt a'$, $1\lt q$。このとき $0\lt b$。ここで $c\lt b$ でないと仮定すると有理数の大小関係の全順序性より $0\lt b\leq c$ であるから $0\lt qa'^{-1}\leq c$ であり、つまり $0\lt qc^{-1}\leq a'$ であるので補題より $qc^{-1}\not\in A$。したがって $B$ の定義より $c=q(qc^{-1})^{-1}\in B$ となり矛盾するので $c\lt b$。

$B$ が最小元を持たないことを背理法で示す。$b$ が $B$ の最小元とすると有理数 $a'\not\in A$, $q\in I$ が存在して $b=qa'^{-1}$, $0\lt a^{-1}$。ここで $q$ は $I$ の最小元ではないので $q'\in I$ が存在して $1\lt q'\lt q$。このとき $B$ の定義より $q'a'^{-1}\in B$ であるが $q'a'^{-1}\lt b$ であるので $b$ が $B$ の最小元であることに矛盾する。したがって $B$ は最小元を持たない。

以上より $B$ が実数であることが確かめられたので、$A\cdot B=B\cdot A=I$ を示す。まず $I\subset A\cdot B$ を示す。$q\in I$ とすると有理数の稠密性より $1\lt q'\lt q$ なる有理数 $q'$ が存在する。このとき $1\lt qq'^{-1}$ だから補題より $a\in A$, $a'\not\in A$ が存在して $aa'^{-1}\lt qq'^{-1}$, $0\lt a'$。このとき $a\lt qq'^{-1}a'$ だから補題より $qq'^{-1}a' \in A$。また $B$ の定義より $q'a'^{-1}\in B$。したがって実数の乗法の定義より $q=(qq'^{-1}a')(q'a'^{-1})\in A\cdot B$。

次に $A\cdot B\subset I$ を示す。$c\in A\cdot B$ とすると実数の加法の定義より $a\in A$, $b\in B$ が存在して $c=ab$。さらに $B$ の定義より $a'\not\in A$, $q\in I$ が存在して $b=qa'^{-1}$, $0\lt a'$。したがって $c=aqa'^{-1}$ であるが $1\lt q$, $a'\lt a$ より $1\lt c$ となり、したがって $c\in I$。

以上で $A\cdot B=I$ が示された。$B\cdot A=I$ も同様に示すことができる。

次に $A$ が負である場合について考える。このとき $-A$ は正であるので、ここまでで述べた内容より実数 $B'$ が存在して\[(-A)\cdot B' = B'\cdot (-A)=I\]である。先ほど述べたように $B'\subset O$ であるから $B'$ は正であるので $-B'$ は負であり、したがって\begin{eqnarray}A\cdot (-B') &=& (-A)\cdot(-(-B'))\\&=& (-A)\cdot B'\\ &=& I\end{eqnarray}であり、\[(-B')\cdot A=I\]も同様にわかる。つまりこの $-B'$ が、要求されている $B$ である。

乗法の逆元の存在が示された。加法の逆元と同様に、群論の初等的な帰結として、実数 $A$ のこの乗法についての逆元はただ一つであることがわかる。そこで、有理数のときと同様に、$A$ の乗法における唯一の逆元を $A^{-1}$ と書くと定める。また、乗法の逆元の一意性から $A^{-1}$ の逆元 $(A^{-1})^{-1}$ は $A$ に等しいこともわかる。

完備な順序体

実数が持つ特殊な性質について述べるため、上で述べた性質をまとめていく。まず、任意の実数 $x$, $y$, $z$ について

  • (加法が閉じている) $x+y$ も実数である
  • (加法の結合律) $(x+y)+z=x+(y+z)$
  • (加法の交換律) $x+y=y+x$
  • (加法の単位元の存在) $x+O=O+x=x$
  • (加法の逆元の存在) ある実数 $-x$ が $x+(-x)=(-x)+x=O$ を満たす
  • (乗法が閉じている) $x+y$ も実数である
  • (乗法の結合律) $(x\cdot y)\cdot = x\cdot (y\cdot z)$
  • (乗法の交換律) $x\cdot y=y\cdot x$
  • (乗法の単位元の存在) $x\cdot I=O\cdot x=x$
  • (乗法の逆元の存在) ある実数 $x^{-1}$ が $x\cdot x^{-1}=x^{-1}x=I$ を満たす
  • (分配律) $x(y+z)=xy+xz$, $(x+y)z=xz+yz$
が成立する。有理数の構成の際にも述べたが、これらの性質を持つ代数構造は『体 (たい)』と呼ばれる。つまり、実数とその加法と乗法も体である。多項式の展開公式や、方程式を解く際の移項など、体に共通の定理は上の挙げた性質を用いて証明することができる。

ここで実数がただの体でないことを述べる。体の中でも大小関係を持っていて、任意の実数 $x$, $y$, $z$ について

  • $x\leq y$ ならば $x+z\leq y+z$
  • $0\leq x$, $0\leq y$ ならば $0\leq xy$
が成立するので、特に『順序体』と呼ばれる。これも実数特有の性質ではなく、たとえば前回の記事では有理数とその演算と大小も順序体であると述べた。その記事 (および順序体の記事) で「順序体だから成り立つ」と述べた絶対値や不等式に関する演算規則はすべて、同じく順序体である実数についても成立する。

また、実数は下限性質 ($\boldsymbol{\rm R}$ の下に有界な任意の部分集合は下限を持つという性質) を持つことを示したので、実数とその大小関係は完備である。「完備である」とは、下限性質と同値な (一方が成立すればもう一方も成立する) 命題がすべて成立するということを指しており、例えば高校数学で習う平均値の定理が成立する。

以上より、実数とその演算と大小は、完備な順序体であるといえる。現在の数学では、この性質をもっている代数構造がただ一つ「実数」しかないことが知られている。したがって、この記事で構成した完備な順序体 $\boldsymbol{\rm R}$ のことを実数集合とみなして差し支えない。

実数の部分集合としての有理数

さて、中学数学で実数を学んでいれば知っていることだと思うが、実数と呼ばれる数の一部は有理数と見なすことができる。具体的には、単射\[i(a) = \{q\in \boldsymbol{\rm Q}\mid a\lt q\}\]によって、有理数 $a$ と実数 $i(a)$ を同一視する。整数と一部の有理数を同一視する下ときと同様に、この単射も終域を\[\boldsymbol{\rm Q}'=\{x\in\boldsymbol{\rm R}\mid \exists a:[a\in\boldsymbol{\rm Q}\text{ かつ }x=i(a)]\}\]に縮めれば全単射となり、そのうえ\begin{eqnarray}i(a)+i(b)&=&i(a+b)\\i(a)\cdot i(b)&=& i(ab)\\ a\leq b &\Leftrightarrow& i(a)\leq i(b)\end{eqnarray}を満たしている。したがって、$\boldsymbol{\rm Q}$とその演算と大小は、$\boldsymbol{\rm Q}'$ と実数の演算と大小と全く同じ性質を持つことになるので、後者のことを改めて有理数と呼ぶことにしてもよく、旧有理数集合に与えていた $\boldsymbol{\rm Q}$ の文字を実数集合の部分集合である新有理数集合に与えることにしてもよい。有理数の記事でも似たことを述べたが、代数的な性質が一致すれば、どの集合を有理数とよぼうが、代数的な議論には全く影響しないのである。同じ理屈で、新有理数集合のうち整数と見なせる部分を改めて整数集合としてもよい。その場合は包含関係の推移性より新たな整数集合は実数集合の部分集合となる。

一部の実数の表現

上述の理由から実数 $i(a)$ を有理数 $a$ と同一視できるので、実数 $i(a)$ のことを単に $a$ と書くとすることもできる (普通はそうする)。そうすることで、実数をいちいち有理数の集合として書かなくてよくなるので楽だし見やすくもなる。そうする場合、$i(0)=O$, $i(1)=I$ であるので、実数の加法の単位元 $O$ は有理数 0 と同一視されて 0 と書くことになり、実数の乗法の単位元 $I$ は有理数 1 と同一視されて 1 と書くことになる。

また、有理数と同一視できない実数 (無理数とよぶ) の一部も簡単な表記が使われる。たとえば非負の実数 $a$ に対して\[xx=a\]を満たす唯一の非負の実数 $x$ のことを\[\sqrt{a}\]と書く。もし $a$ が非負の有理数なら $\boldsymbol{Q}$ の部分集合\[b=\{q\in\boldsymbol{Q}\mid 0\lt q \text{ かつ }0\lt qq-a\}\]は実数である (証明は省略) が、この実数 $b$ がまさに\[bb=a\]を満たす (証明は省略)。つまり $a$ が非負の有理数なら\[\sqrt{a} = \{q\in\boldsymbol{Q}\mid 0\lt q \text{ かつ }0\lt qq-a\}\]ということになる。